天保七年(1836)柏原町下町の田村重三郎の発意と領民の寄進で伊勢神宮遥拝の検討をするために建立。
制作の石工は初代の難波金兵衛。高さは全5.3m、丹波市内最大の石造建造物。
所在地は旧柏原城下町の東関門の外側、当時京口と呼ばれた地域で江戸時代、伊勢講を組んで参宮の無事を祈る献灯には最適な場所だったのでしょう。