【丹波巡礼の旅】
【神社庁兵庫県丹波市支部 15社】
御祭神
鴨分雷大神
創建
ご創立の年月日は不詳なれども、元和元年建築されており、また文化年間の丹波誌に「今の社は、寛永年中の造立なり」とあり、古来より鴨郷九ヶ村の総社であった。
天正の頃明智光秀の丹波攻略際の兵火のため旧記散逸して明瞭ではないが、古伝によると賀茂真蓑鴨大明神のご神託によって鴨部の部民等を語って奉斎したものという。なお、当社応永28年の棟札に禰宜賀茂県主経良と記しているから創立以後久しく京都の賀茂神社において支配していたものであろう。
文政年間の縁起に「人皇54代仁明天皇の御宇承和三丙辰年当里の守護宇兵衛大夫神託によって尊像を造って神社を建立せり」と記しているが当社は、元鴨庄村字牧鴨ノ尾に鎮座されたのを御神誨によって宇兵衛大夫が現今の地に奉遷の順路に大夫殿峠という峠の名称が現存している点から、右縁起の文は恐らく旧鎮座地から、現今の処に移転したことを述べたものであろう。だから当社の鎮座は、少なくとも桓武天皇の御代にまでさかのぼることが出来ると信ぜられる。
⛩ 御祭神神話
現今の御祭神は、賀茂分雷命であって何時の頃から鴨分雷命であると唱へたのか明らかではないが、古くから神野神伊賀古夜比売命を祀ったものであることは当社から氏子に授与した神札に「神之大明神守護息災延命書」「鴨之神社袚比給比精米給攸」とあり、また当社に保存している文明年の御供鉢に「神乃宮」延宝8年の寄進物札に「神乃社」太々式入価覚帳に「神乃宮」宝前とあり、神野神社が鴨之(神野)神社となり鴨神社と転化したもので、社名の転化と共に長い年月の間に主神を失うに至ったものと思われる。
境内に、春日神社、八幡神社、貴船神社存在し、鴨神社と4社合わせて「賀茂四座明神」「賀茂四社明神」と称した。
🖌 ご朱印の授受
申し訳ございませんが ご朱印の授受は行っておりません
🚻トイレ 社務所前にあります
※トイレットペーパーが常備されていないこともありますので 必ず流せるティッシュをご用意ください
👂ちょこっと耳寄り情報
御神木(公孫樹)
当社一の鳥居の脇に在り、大木にして俗に『乳の木』 という。これを削りて 乳少き婦に呑ますれば即ち乳垂るといわれています。